名古屋地方裁判所 昭和39年(ヨ)1110号 判決 1965年1月18日
申請人 河合和子
被申請人 義勇海運株式会社
主文
被申請人が昭和三九年五月三一日付で申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を申請人が被申請人に対して提起すべき本案判決の確定するまで停止する。
被申請人は申請人に対し昭和三九年一二月一日より右本案判決の確定するまで毎月末日限り金一三、〇〇〇円宛を支払え。
申請人のその余の申請を却下する。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者双方の求める裁判
申請代理人は「主文第一、四項同旨及び被申請人は申請人に対して昭和三九年六月一日以降申請人が被申請人に対し追つて提起する解雇無効確認等の本案判決確定に至るまで一ケ月金一八、〇〇〇円の割合による金員を支払え」との判決を求め、被申請代理人は「申請人の申請を却下する」との判決を求めた。
第二、申請の理由
一、申請人の雇用と解雇
申請人は昭和三四年七月七日被申請会社に雇用され、同会社名古屋支店総務課に勤務し、経理全般の業務に従事していたところ、昭和三九年五月二〇日付で解雇の予告を受け、同月三一日付で解雇の意思表示を受けた。
二、解雇の無効
申請人に対する右解雇の意思表示は以下(一)及び(二)に述べる理由により無効である。
(一) 解雇事由の不存在
(1) 被申請会社就業規則第六三条第九項には「会社は従業員が次の各号の一に該当するときは解職する。9精神もしくは身体の故障、虚弱、老衰または疾病のため業務にたえられないと認められたとき」なる旨の規定があるところ、右解雇の意思表示は同条項に基いてなされた。
(2) 然しながら申請人は被申請会社の通常の勤務に充分耐え得る健康状態であつて従来会社業務に支障を来たしたことはなかつた。
(3) よつて申請人には右条項に該当する事由が存しないので右解雇の意思表示は無効である。
(二) 解雇権の濫用
仮りに申請人に被申請会社就業規則第六三条第七項ないし第九項に該当する事由が存したとしても右解雇の意思表示は解雇権の濫用によるもので無効である。
三、賃金仮払請求
被申請会社は申請人に対する右解雇の意思表示が無効であるのに、昭和三九年六月一日以降申請人から労務の提供を受領することを拒んで賃金の支払をしないのであるが申請人に対し解雇前には、平均賃金として少くとも金一八、〇〇〇円以上を支払つていたから、右昭和三九年六月一日以降右平均賃金相当の金員として金一八、〇〇〇円を毎月請求する権利がある。
四、保全の必要性
申請人は被申請会社から支払われる賃金によつてのみ生活しているもので右解雇によつて経済的破綻を来すことが明らかであり追つて提起する解雇無効確認等の訴の本案の勝訴を待つことができない。
第三、被申請会社の答弁及び主張
一、申請の理由一について認める。
二、(一)(1) 申請の理由二の(一)の(1)について認める。
(2) 申請の理由二の(一)の(2)について否認する。
(3) 申請の理由二の(一)の(3)について争う。
(二) 申請の理由二の(二)について否認する。
三、申請の理由三について争う。
四、申請の理由四について争う。
五、被申請会社の主張
被申請会社が申請人を解雇したのは以下に述べるように就業規則第六三条第七項ないし第九項「会社は従業員が次の各号の一に該当するときは解職する。7勤務成績がいちじるしく不良なとき。8労働能率がはなはだしく劣悪なとき。9精神もしくは身体の故障、虚弱、老衰または疾病のため業務にたえられないと認められたとき。」に基くものであつて右解雇の意思表示は有効である。即ち、申請人は昭和三七年初め頃から有給休暇及び病気欠勤が多くなり、被申請会社名古屋支店に於ける他の社員の注意をひくようになつたが、昭和三八年中頃には特に遅刻出勤が目立ち右社員間の風評に上り出した。そうして昭和三九年には病気欠勤遅刻出勤の外に早退も加わつたので被申請会社名古屋支店内に於ける申請人の悪評は大きくなつた。このため被申請会社名古屋支店長村松由太郎から被申請会社本社に対し、申請人の勤務状況について再三にわたる報告がなされたので被申請会社もこれを放置することができず、被申請会社の労働組合本部にこれを通告したところ、右労働組合は昭和三九年五月七日付で被申請会社名古屋支店勤務の組合評議員に対し申請人の進退について意見を徴し、同月八日付で右評議員は申請人の解雇については被申請会社名古屋支店勤務の組合員全員が同意する旨の回答をなした。その後昭和三九年五月一三日右被申請会社名古屋支店長村松由太郎より申請人の解雇についての禀議申請がなされたので、被申請会社は慎重に審議し、申請人が前記就業規則各条項に該当するものではあるが将来のためには円満退職が望ましいと考え、その旨申請人に勧告したのである。ところが申請人はこれを拒否したので、被申請会社は申請人の再就職の場合を考慮の上、就業規則第六三条第九項に該当するとして、解雇予告の上、昭和三九年五月三一日付で解雇の意思表示をなしたものである。
第四、被申請人の主張に対する申請人の反論
被申請人の主張事実はいずれも否認する。
第五、疎明<省略>
理由
一、申請人が昭和三四年七月七日被申請会社に雇用され、同会社名古屋支店総務課に勤務し、経理全般の業務に従事していたところ、昭和三九年五月二〇日付で解雇の予告を受け、同月三一日付で解雇の意思表示を受けたものであることは当事者間に争いがない。
二、右解雇の意思表示の効力について考察するに、先ず被申請会社就業規則第六三条第九項に「会社は従業員が次の各号の一に該当するときは解職する。9精神もしくは身体の故障、虚弱、老衰または疾病のため業務にたえられないと認められたとき」なる旨の規定があることは当事者間に争いがなく、成立に争のない乙第一号証によれば右就業規則第六三条第七項及び第八項には「会社は従業員が次の各号の一に該当するときは解職する。7勤務成績がいちじるしく不良なとき。8労働能率がはなはだしく劣悪なとき」なる旨の規定があることが認められ、右認定に反する証拠はない。このように被申請会社の就業規則中に解雇の基準を設定する部分の定めがなされている場合には、被申請会社はその社員である申請人の解雇に際しては、右就業規則の条項に則り、同人が右条項に該当する場合にのみ、同人を解雇し得るものと云わなければならない。
三、次に本件解雇に至つた経緯について考察するに、成立に争いのない甲第一号証、証人樋口速雄の証言によつて真正に成立したと認められる乙第二号証の一ないし三、証人加藤幸宏の証言によつて真正に成立したと認められる乙第三号証及び乙第四号証、証人村松由太郎の証言によつて真正に成立したと認められる乙第五号証、並びに証人村松由太郎、同樋口速雄、同加藤幸宏の各証言及び申請人本人の尋問の結果によれば、申請人は昭和三七年一月二六日ごろから慢性膵臓炎に罹患しそのため昭和三七年四月から昭和三八年三月の間に病気欠勤が九日、昭和三八年四月から昭和三九年三月までの間に病気欠勤が八日、通院のため遅刻が三六回。早退が二回、昭和三九年四月及び五月の間に病気欠勤が一日、通院のための遅刻が五回、早退が一回に及んだ。昭和三九年五月初め、被申請会社名古屋支店長村松由太郎は、被申請会社が不況下に置かれている状勢に鑑み、営業経費を極力減少させ、会社が利益をあげるためには被申請会社名古屋支店の体質改善を図る必要があり、そのためには申請人の病気欠勤、早退、遅刻の状況、勤務状況等からして同人を解雇すべきであると考えた。そこで村松由太郎は被申請会社本社へその旨連絡したところ、禀議書の提出を求められたので同月六日被申請会社本社に対し、「河合和子は膵臓炎にて長期に亘り加療中に加え身体虚弱にて病欠及び遅刻、早引常なく業務完全遂行を果し得ざるものと認められる。一方当店体質改善及び全店員の就業観念に悪影響致し居るにつき、就業規則第六三条第九号に拠り解傭致し度く此度禀議申請致します」旨の申請人の解雇についての禀議書を提出し、右禀議書は同月一三日被申請会社本社に受付けられた。被申請会社人事課長樋口速雄は同月七日、被申請会社の従業員で組織された義勇海運労働組合に対し、申請人の解雇に対する同意、不同意の意見を聴取すると共に、申請人の出勤状況を集約した勤怠表に基いて勤怠調査を行い、更に従前名古屋支店に赴いたことのある社員に申請人の勤務状況、風評などを尋ねた。その結果前記の如き申請人の出勤状況が判明し、被申請会社本社経理係長が申請人は不在であつたり、職務上の指導を素直に聞き入れない旨を述べた。また右労働組合名古屋支店の組合員一〇名は同支店評議員加藤幸宏を通じて、申請人の解雇について同意である旨を右労働組合書記局に回答した。(右一〇名のうち八名は就業規則第六三条第七項「会社は従業員が次の各号の一に該当するときは解職する。7勤務成績がいちじるしく不良なとき」によつて解雇することに同意。)そこで右樋口速雄が右禀議書に申請人を解雇に付したい旨の同人の意見を添えて、被申請会社取締役社長及び常務取締役二名にこれを提出し、同人らの決裁を経た上、被申請会社は申請人を解雇することにしたが、申請人の将来を考慮して、被申請会社は申請人が勤務成績がいちじるしく不良であり、その労働能率がはなはだしく劣悪であるとも判断したが解雇事由としては就業規則第六三条第九項「会社は従業員が次の各号の一に該当するときは解職する。9精神もしくは身体の故障、虚弱、老衰または疾病のため業務にたえられないと認められたとき」のみをあげるに止めた。以上の事実が認められ他に右認定に反する証拠はない。
四、ところで、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第五号証並びに証人村松由太郎、同樋口速雄、同加藤幸宏の各証言及び申請人本人尋問の結果によれば、
(一) 被申請会社は申請人を解雇するに際し、同人が身体の故障、虚弱、疾病などのため業務にたえられないものであるか否かを判断するに当つて、同人の罹患している慢性膵臓炎の病状を把握するために同人に医師の診断を受けさせることをせず、申請人の病状についての被申請会社名古屋支店長村松由太郎の報告及び申請人の出勤状況によつてのみこれを判断したが、申請人の主治医である国立名古屋大学医学部付属病院医師小林快三の診断によれば、申請人の昭和三九年六月一日当時に於ける症状は慢性膵臓炎の軽症であつて普通勤務に差支えなきものであつた。また被申請会社に於ては従前数ケ月の長期療養を続けてなお被申請会社を解雇されることのなかつた従業員が二名存在した。
(二) 申請人は被申請会社名古屋支店永田太郎支店長代理の下で経理及び総務関係の業務を担当し、金銭出納簿、それに関連する書類の整理、小切手及び手形の記載、右支店長代理の命による取引先への金銭の支払い、従業員の給料計算等に従事したが、申請人が従前これらの業務に関し被申請会社に損害を与える如き仕事上の誤りを犯した事実はなく、その勤務状況等について、被申請会社或いは同会社名古屋支店長村松由太郎及びその従業員等から本件解雇に至るまで注意或いは批判を受けた事実はなかつたが、申請人の性格が強いため、被申請会社名古屋支店の他の従業員に対し反抗的態度に出ることがあつた。ところで申請人は通院のため被申請会社へ遅刻出勤する場合に於ては予じめ被申請会社名古屋支店長村松由太郎の許可を得、その前日に翌日の仕事の手筈を整え、出社後は退社時刻後も仕事に従事するなどして、申請人の遅刻出勤によつて被申請会社の業務が停滞することのないよう出来得る限りの配慮をなしていた。また申請人が被申請会社より解雇予告を受けたため、申請人が昭和三九年五月二三日被申請会社に赴き、樋口速雄人事課長と面談し、同人に対し解雇理由について説明を求めたところ、同人は禀議書及び組合員の同意に基き解雇するものであつて、禀議書に記載のなされている申請人の就業状況が悪いことについては実際はよく知らないと述べた。
以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
五、そこで本件解雇が被申請会社就業規則に則りなされたものか否かについて考察するに、先ず右三認定の本件解雇に至つた経緯に右四の(一)認定の事実を総合すれば、申請人の慢性膵臓炎はそのために業務にたえられないものとは云い得ないのであつて就業規則第六三条第九項「会社は従業員が次の各号の一に該当するときは解職する。9精神もしくは身体の故障、虚弱、老衰または疾病のため業務にたえられないと認められたとき」の解雇事由には該当しないものと云うべきである。また右三認定の本件解雇に至つた経緯に右四の(二)認定の事実を総合すれば、申請人の慢性膵臓炎に基く病気欠勤、遅刻、早退等のため同人が他の従業員に比し、勤務成績が良好でなく、労働能率が劣つていたものであることは認められても、その勤務成績が「いちじるしく」不良で、労働能率が「はなはだしく」劣悪なものとは云い得ないのであつて、就業規則第六三条第七項及び第八項「会社は従業員が次の各号の一に該当するときは解職する。7勤務成績がいちじるしく不良なとき。8労働能率がはなはだしく劣悪なとき」の解雇事由には該当しないものと云うべきである。
六、してみると本件解雇は解雇理由なくしてなされたもので無効であり、申請人と被申請会社との間には依然雇傭契約が存続していると云うべきであるから、申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有することについての疎明があつたものと云わなければならない。そうして被申請会社が申請人に対し本件解雇の意思表示をした後申請人の労務の提供を拒否していることは成立に争いのない甲第二号証及び申請人本人尋問の結果により明らかであり、右事実によれば被申請会社はその責に帰すべき事由によつて申請人の就労を拒否しているのであるから、申請人は被申請会社に対し、反対給付である賃金請求権を有するのであるが、成立に争いのない甲第四号証の記載及び申請人本人の尋問の結果によれば、申請人は昭和三九年二月一日以降一ケ月少くとも金一八、〇〇〇円を支払われていたもので、解雇されるまでは被申請会社から支払われる賃金によつて生活を維持していたものであり、今後も被申請会社の従業員として引続き就労する意思があり、然も本案判決確定まで解雇された状況を続けることは被申請会社の従業員として将来に多大の不利益を受けることになり、本件解雇後はその賃金の支払いを絶たれ、肩書住居地に居住しながら、中部日本交通にアルバイトをなしその収入と父親からの送金とによつて生活しているものであることが認められる。右事実によれば申請人が被申請会社の従業員としての地位を仮りに認められるべき必要性があり、本件口頭弁論終結の月である昭和三九年一二月以降本案判決確定まで毎月一三、〇〇〇円の限度において賃金を仮りに支払われるべき必要性の存するものと認めるのを相当とする。
七、よつて申請人の本件申請のうち本件解雇の意思表示の効力を本案判決確定に至るまで停止することを求める部分及び昭和三九年一二月以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り金一三、〇〇〇円の支払いを求める部分は正当として認容し、その余の申請は失当として却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山田正武 川坂二郎 小島裕史)